2013年12月29日日曜日

The Persuasions!












 


「彼ら」に会えました。(丸の内コットンクラブ)

僕(和田)自身、達郎氏のアカペラアルバム「オンスト」のライナーノーツで存在を知り、
輸入盤を探しまくって見つけたLPを聞いてまず痺れ、また数年後NYでライブを聞く機会
を得て、これが又痺れ、そんな彼らの歌に魅せられ、そんな気持ちがあって僕としては
今のmatrixを作ったつもりでした。本物見るのは25年ぶり。(多少メンバー変わりましたが)

僕らの現在のレパートリーで彼らのコピーは5曲程あるもののどれも本家のスケールの
大きさには「逆立ちしたって敵わない」んです。
あの「ヘビー級のパンチがまっすぐ飛んでくる」感じの歌。
勿論、追い続ける事が正しいとも思っている訳ではないので、それ以外にも色々と歌って
いくうちに「歌う基本路線はやっぱ日本語に据えないと」と考えて、今の歌謡路線になって
いった訳なんですけどね。

それでも僕らの歌うエネルギーとなる出自・系譜はやはり彼らにあると思っていて、
例えば曲アレンジをする際、「自分のアレンジによって、歌が薄まってしまわないか」に
とても気を付けているつもりですが、その手本はやはり彼らにある訳です。

昨日こうして幸いな事に彼らに会う事ができたのですが、
実際に会ってみると、そこにいるのは僕が思い描いた当時の彼らでなく、メンバー死去等で
何人かの入れ替わりも経ながら、オリジナルメンバーは70を越えて尚、進化しているバンド
でした。このバンド最大の特徴であり売りであったリードボーカル(兼アレンジャー)
が変わった事で、どうなるかと思ったら、ステージも楽しく歌もPOP傾向になっている等、
往年のヒット曲・持ち歌を頼りに生存してる「お達者バンド」とは全く異なるものでした。

で、事前にメール出して楽屋での面会アポを取付け、コットンクラブ初日に1人で行って
事前リサーチと周到に翌日面会の確認したお陰も手伝ってか、2日目matrix揃って楽屋に
行って、1曲歌わせて貰い、少々話もして席に戻って、かぶり付きでライブ鑑賞したのですが、
「それで話は終り」とはならず、ライブの終り間際に彼らが突然僕らを紹介し、マイクが差し
出され、A Place In The Sun をこの場で歌わせて頂いたわけです。

matrix活動17年、昨日は記念すべき日となりました。
I氏による禁断のステージショット

2013年12月22日日曜日

12月8日「俺たち寄せ集め」さんとのjointライブ
























原宿(明治神宮前)の「鳥良」という焼き鳥屋でライブしました。
天井も高く、焼き鳥屋と思えない空間、72名のお客様にお越し頂きました。
(PAは店設備は無いので別途依頼してます)
僕ら、対バンするなら楽器バンドのほうが向いてるかと思ってたんですが、
彼ら「俺たち寄せ集め」さんとは、やってることは違っていてもどっか親和性が
あったというか、相互補完できたというか、それぞれご目当てのお客さんから
しても恐らく違和感はなかったのではないかと、思います。
俺寄せさんは、「変に媚を売らないハードボイルド」男コーラスで、上手いっす。
バードランドは、「しかしわざわざ4人で歌うこの変態さは何だ」と思いました。笑

一方僕らは相変わらずのユルメ路線ですが、彼らのお陰でこっちの気も引き締まり、
良いテンションで通せたかも。

ご来場いただいた皆様、ありがとうございます。


(MATRIXの曲リスト)
Blue Christmas
A Place In The Sun
Diamonds(pripri)
伊勢佐木町ブルース
ずっと好きだった
A Change In My Life(「俺寄せ」さんと同一曲)

やっぱり肉を喰おう
たそがれの銀座
クエソンわが故郷(ベトナム曲)
The Last Waltz(「俺寄せ」飯塚氏ギター伴奏)
人生の扉
センチメンタルカーニバル

(合同曲)
ずっと好きだった

2013年11月3日日曜日

ON THE STREET CORNER の元ウタ探しの小旅行。


 













さて。日本のアカペラブームの火付け役になったと言って過言ではない、1980年の山下達郎氏の「オンザストリートコーナー」で歌われたその原曲を、ちょっと聴いてみましょう。
元ウタを聞かずに達郎のマネやると、僕が良く言う「岩崎宏美を知らないまま、岩崎宏美のマネをするコロッケのマネ」をするのと変わらないので、歌が生まれた源流や別の流れ(別の人が歌ったバージョン等)は一度辿ってみないといけない、と思ってます。

この一連(3枚)のLPで興味があるのは、最初に出たこのオンザストリートコーナー1(1980年発売当時は「1」と名前は付いてなくて、再発の際にで「1」と付けられた)だけで、次に出た2はまだしも、3になると達郎世界が出来すぎちゃったというか、Soul/DooWop好きとしては全然面白くないのですが、これが出た時は確かに驚きました。 2では名曲So Much In Love(「さらば涙と言おう」みたいな曲)とか、TEN COMMANDMENTS OF LOVEがあります。一方、フィラデルフィアソウルも取り上げるなど、だんだん食傷気味になってきました。で。3はもうゴメンナサイ。




オンザストリートコーナー(wiki)
http://ja.wikipedia.org/wiki/ON_THE_STREET_CORNER
それにしても、達郎氏の凄いのは、オンスト発売1980年当時、これだけのストックを既に所有してた、という事かもしれないです。本人のライナーノーツも色々ネタが書いてあって、そこから元ネタを色々探し、勉強させて貰い、今のMATRIXの音楽の素、私のアレンジの発端となっているに違いありません。



■YOU BELONG TO ME
the duprees 1962
http://www.youtube.com/watch?v=CIEBErVs0fY
既に、江利ちえみも歌ってました。あ。途中に日本語入ってる。1953
http://www.youtube.com/watch?v=gYo087x_iCk#t=41

■ALONE
Shepherd Sisters 1957
http://www.youtube.com/watch?v=2V9zZFjyJGs
Four Seasons 1964
http://www.youtube.com/watch?v=1Os4Yyp8MeY 

ファルセットバリバリ、フランキーバリですね。こっちが達郎アレンジの元ネタでしょう。いわゆるベースが、リズムを刻まずに、コーラスと同じ動きをしていて、こんな歌い方もDooWopにあるのかと知って、当時に自分には新鮮でした。

■CLOSE YOUR EYES
The Five Keys 1955
http://www.youtube.com/watch?v=3KYK29FQ7ns
Eydie Gorme & Steve Lawrence
吉田美奈子みたいにオンナが絡むのはこっち
http://www.youtube.com/watch?v=Xf1P5hDwFXI

■SPANISH HARLEM
The Drifters(Ben E. King) 1960
http://www.youtube.com/watch?v=k7F2sJjoJP8
いい感じの歌ですね。バックコーラスは「シャララシャララッ」とはやってませんけど。

1989年、面白くて通ってたハーレム教会からの帰り道、親切な聖歌隊のおじさんからは、「スパニッシュハーレム(けっこう近所)は危ないから行かないほうがいい。」と言われました。確かに当時の旅行ガイドにもブラックハーレムより危険、と書かれてたっけか。でもね。当時住んでたアパートから、タクシーでハーレム教会に行こうとした時には、逆に「あんな危ない所、本気で行く気か?」とヒスパニック系の運転手に注意されたっけ。笑

■MOST OF ALL
The Moonglows 1955
http://www.youtube.com/watch?v=ieDxe3XKMLw

■REMEMBER ME BABY

この歌は1981年ごろ、達郎演奏を耳コピーして、会社先輩と一緒に歌った記憶ある。
The Earls 1965
http://www.youtube.com/watch?v=HL_gRZeqhjY
The Chiffons
http://www.youtube.com/watch?v=HL_gRZeqhjY
Billy & the Essentials
http://www.youtube.com/watch?v=ZcVTUnPWP08

■BLUE VELVET
Tony Benette 1951
http://www.youtube.com/watch?v=mwV-RV_ITT0
The Clovers 1955
http://www.youtube.com/watch?v=4hT9RrH4soU


■THE WIND
Nolan Strong and The Diablos(こっちがオリジナル版だと思う) 1954
http://www.youtube.com/watch?v=bIVKaayaNaY
Calveys
http://www.youtube.com/watch?v=c6O6pjcz2K0

■DRIP,DROP
The Drifters 1958
http://www.youtube.com/watch?v=jIquZiOho14

山下達郎の演奏は、ちょっと重ねすぎてて「やり過ぎ」としか僕には
思えないなぁ。

■THAT'S MY DESIRE
歌が作られたのは、1931(古いっ)
Earl Lewis & The Channels 1957
http://www.youtube.com/watch?v=IUzcvE_WAEI
Dion & The Belmonts 1960
http://www.youtube.com/watch?v=yWtV_zgFVtA

これは伴奏付ですが、ベルモンツの演奏はアカペラ盤もあって、それを聞くと、54秒目あたりで、「誰かが咳をしている」のが聞こえます。笑 

2013年10月30日水曜日

アポロ計画

MATRIXのアポロ計画
1996年結成のマトリクスですが、結成すぐに「やるからには目標を立てよう」という事になり、「翌年にNYアポロシアター出場」を目標に掲げたのです。なんとまぁ無謀な。うちのバンドにはコンサル屋さんが居るもんで、こんな話になっちゃったと言えますが、ご推察の通り、結成17年経った今も実現してない。名古屋のアポロシアターでは一度ライブやりましたけど(笑)。歌唱技術ハードルは、そんな行動計画作って何とかなるようなもんじゃなかったのよね。現実的には仕事が忙しくてそんな休みが取れないというのも正しいかも。

そしてNYに行く交通費を準備すべく、出演ギャラを貯めています。但しこの10年近くは収入/オヒネリを貰う形式のイベントをしていないのであんまり増えてませんが、取り敢えず5人分の成田~NYのエコノミー往復航空運賃程度が貯まってます。この僅かな収入に比べると、自分達が飲み食いした支払額のが圧倒的に多い筈だから、そっちを貯めたほうがいいんだろね。

Amateur Nightにしても、ハードル高いなぁ。(僕自身は「目標指向で生きてない」ので、実はどうでも・・・。スイッチが入るきっかけがまだないだけなんだろうけどね。http://www.apollotheater.org/auditions
個人的には、このバンドでヨーロッパを飲み食いしながら、テキトーに「広場で歌う」とかのほうがいいなぁ。

取り敢えずこの目標を達成させるとして考えたのは、映画ブルースブラザースのように、NY近所の居酒屋ライブホールを見つけて、「ここがアポロシアターだよ」とかメンバーに嘘ついてそこでライブやるって事も考えてはみたけどサ。(何しろ、僕以外、アポロシアターの場所を知らない)
「最近、アポロシアターの名前が変わったんだ」とか言えばナントカなるかなぁとか。イマドキ無理か。) 

2013年10月29日火曜日

歌にとってハーモニーは敵かもしれない


ハーモニーは旋律を弱くする。
ハモるって楽しいんだけど、お化粧みたいなもんだと思ってる。メロディに不用意に和音つけすぎちゃうとメロディライン自体が見えにくくなるし、弱くなっちゃう。僕はユニゾンの力強さが大好き。但しアカペラ曲の中でユニゾンやるとそこだけが強力になり過ぎて始末に負えなくなる、とも言えるんですが。

2声ハーモニーの良さ
自分が中学生くらいまでは、2声ハーモニーってのは3度の関係で和音やるのがいいと思ってた。でもハモり側のパートは動きの流れから、時々4度、5度にならざるを得なくなる。これが気持ち悪かった。この対処として和音数を増やせばいいのだ、と考える。すると違和感は減ったけど今度は音が厚くなってしまい、メロディの存在が消えていく。ジャズをやり始めた高校大学時代は厚い和音とかポリコードとか和音のカッコ良さにかぶれてた。当時はアレンジする事は少なくて、ひたすら和音がカッコいい曲を採譜してたような記憶。
しかし、ロシア民謡とか聞きだした同じく大学時代。2声のハーモニーの良さに改めて気づく。(なんだ、4度、5度になって収まりが悪くなるところはあっさりユニゾンにしちゃえばいいのか。と単純な事に気づいた。)

2声+裏方和音
Always(歌;Atlantic Star)ってベタベタのラブソングがあるんだけど、最初は男女それぞれ歌い、サビのAnd We Both Know〜のところから男女二人でハモってくる。よく聞くと実際にはもう一声聞こえてて、音を埋めるだけの存在感ギリギリの感じが美しくもいじらしい。「陰で泣かしたオンナでもいるんじゃないか」笑。(演出上はそこに歌ってるのは2人じゃないとサマにならないけど、3和音めがないとMajor7の甘い感じにならない) そう、2声+裏方和音追加、って方法もあるんだよね。ナマ声演奏だと声量コントロールが難しいけどね。

ユニゾン
ユニゾンの力強さを改めて思ったのはサンバ、特にパレードで歌うユニゾンの使い方。僕も浅草には10年ほどbateria(打楽器隊)で出場してました。バルバロス万歳。そのパレード(いわゆる女性が宝塚みたいな羽根つけて薄着で踊るアレです。)で歌われるエンヘード(曲)のCDを聞くとわかる。(リオのカーニバル出場チームの演奏曲CDが毎年発売されてます)。これを何人で歌おうと、ハモりを入れる事はせず、男も女も見事にユニってる。コレが凄い。日本の歌でいうとBOOM:宮沢和史氏の「風になりたい」での歌い方が近いか。(これがサンバパレードをイメージして作られたのは間違いないのだが)

昨今の、AKB48あたりの集団ソングって、ドヤドヤと騒がしいユニゾンしか歌ってないように見えるけど、やっぱりうっすらハモってるんだよね。あのサジ加減も憎い。集団性の表現はやはりユニゾン、しかし音楽的な補正作業もやっている。本番で誰がハモってるのか実際やってるのか知らないけどね。

2013年10月27日日曜日

アレンジ(編曲)

和田が1人でやってます
他のメンバーはアレンジしません。正しくは「できません」でしょうが、できたとしてもアレンジを複数人でやると揉めるし困るでしょう。え。既に「みんなが希望を出しても、僕がアレンジして来ない」とかで、既に揉めてる?

いえいえ。いま考えている最中だと思ってください。やっぱり「突然に上から降りてくる」(こんな歌にしたらいいんじゃない?と)ものがないと、書き進めないんです。

みんなで歌ってみて、上手くいかない場合、その場でどんどん楽譜を修正していけるのは、自前アレンジの圧倒的なメリットでしょう。実際に「どうも上手く歌えない」時は、これってアレンジが悪いのか・歌う側が根本的にヘタなのか・練習すれば何とかなるのか、などどれを選ぶか考えます。
一人で書けば、アレンジは良くも悪くも一貫している訳で、メンバーも「あぁ、いつもの節回しが出てきたな」と思ってるはずで、そんな方法も揉め事は起きにくいと思います。音楽性を無理に求めない、目新しさを無理に求めない僕らはネ。僕の性格はともかく、アレンジに関してはメンバーから信頼されているようなので、僕としても本当に有り難い事です。

メンバーからは「この曲やりたい。なぜならば・・」と提示されてくる
僕としたら、できたら「この曲指定」でなく「こんな感じの曲を希望」と言って貰ったほうがありがたいのですが・・・(だって出来あがった楽譜は、元のイメージと似ても似つかぬものになる可能性だってある訳で。)、実際に「この曲がいい」と言われたのに、僕は「それよりこっちの曲のほうが良いと考えたので、選曲を変えました」ってケースも数回あります。
元ウタ歌った本人の歌は出来るだけ沢山聞きます。できたら「その曲」が流行った当時のヒット曲も聞いて、「その曲」のポジショニングも探っておきます。まあこれは自分のストックを広げるためですね。

狙いは「原曲とは異なる、新たな価値を作り出せるか」
まぁなんておこがましい事言い出すんでしょう。でもこの姿勢を持たないと、「原曲の呪縛から逃げられない、所詮マネしてるだけ」の歌となる。
更に偉そうに言うなら、「元ウタ歌手みたいに歌うんだったら、わざわざ僕らが歌わずに、レコードかけてお客にはオリジナルの歌を聞いて貰えばいい」んです。

そして、既にこれは書いたかもしれないけど「モト歌へのリスペクトを忘れない」、「お客が一緒に歌えるよう」にしておく等は、自分の基本路線として守っているつもりです。
とはいえ。僕らこの5人で歌う訳だし、僕が目指しているのは「簡素化」ですから、何やってもたかが知れてる訳ですけどねぇ~。

日本の歌の場合の手順
元の歌を「メロディと歌詞だけの丸裸の、素の状態」にして、頭の中で何度も歌ってみる。
この歌が産まれた時の(歌手に渡す前、アレンジする前の)状態に戻してシミュレーションするって話ですね。そうして「この歌の本質はどのあたりにあるのか、どうアレンジし直せば新たな価値になるだろうか」をじっと考えます。偉そうですかね。出来上がったのは、いつものあのハモりだしね(苦笑)。


外国曲の場合の手順
外国曲は文化とか時代背景とかを自分の肌で解ってないから、既存の演奏を沢山聞いて解決の糸口を探し出す事が多い。
もともと外国曲の多くはスタンダード曲で、いろんな歌手が歌っている事が多い訳で、僕はそれを片っ端からYOUTUBEやitunesで聞いて、イメージ作りをしていく。また、YOUTUBEってのは「素人の『歌ってみた』」なんて映像も多く出回ってるのでとても参考になる。(歌い方の解釈とかその曲の人気具合とか)
この1曲のためにCDも何枚か買う事は良くあります。一方日本の曲の場合は、オリジナルの1曲だけ買うって事のほうが多い(元ウタを持ってなければ)。



一度寝かす
料理の下ごしらえみたいな話ですが、勢いで書くことも多いので、一日で書き上げたものでも、数日おいて見直す、というプロセスを持ちます。出来上がってても(それを出来上がったと言えるかどうかは不明)既に一年以上置きっ放しの曲もあります。作ったけど「メローに流れてしまって独りよがりかも」とか「この歌は似たような歌とバッティングするから今は要らないな」、とか理由はありますが。

カンケーないけど聞くところによるとAKB48にしても既に沢山の新曲ストックが出来ているらしいっすね。

2013年10月26日土曜日

matrixのバンド練習

バンド練習の基本
練習2時間(ライブ前で3時間。たまにもっと。)通常平日19時開始。そのあと酒で2.5時間(10年前は、練習2時間、飲む時間5時間とかが普通だった。年とったもんだ)
5人揃う事が大事、練習の後に飲んで話をする事が大事、美味い店である事が大事、自分の手持ちマイク持参(これが最後かよ)。

練習日程の決めかた
ライブ日程と練習日程、更には家族旅行日程を、年間計画として1月あたりに一気に決めます。キーパーソンの野口が、年がら年中仕事で忙しくて(通常、一年先まで予定が埋まっている)、その空きをぬって決める訳です。基本はオトナの約束だからその日に「全員集合しない」という事はまず起きない。ライブが決まったがこのままじゃ明らかに練習不足、という時は追加練習を入れて、その際はスケジュールが合わず「4人練習」という事は時々発生します。しかし4人での練習は緊張感があるというか、ハモってるハモってないが一瞬で解るというか、手を抜けないというか(抜くなよ)、だから練習になるというか。きっと普通のバンドはこんな練習をしてるんだろうね。


練習場所
だいたいいつも渋谷のリハーサルスタジオ。「仕事帰りで集まりやすい場所」。と言っても現在、1人は勤務先が相模原、1人はみなとみらいだから、渋谷が真ん中だとは限らないんだけどね。実際には「練習場所は、練習後の宴会をどうするか」のセットで決まる。

練習後のメシ
「練習場所近くでいい飲み(メシ)屋がある」のがとても大事。条件はメシが美味いとか、酒の種類をある程度置いている、メンバーで話ができる環境(決めゴトは基本、この場で行う)、店主との距離が近い(話をする関係になる)等。このメンバー、結構食いますし、結構飲みます。MATRIX練習は「練習後に美味いメシを食いコミュニケーションを図る」場であり、一連の一体モノなんです。そして、MCネタはこの会話の中から生れる訳です。
そして、その近辺の飲み屋に飽きてくると、別のスタジオを探すという事になる。飲まないで全員解散するって事はまずない。1人2人用事があるとか明日が早いとか風邪ひいたとかで飲みに行かない事もあるが、だいたいがそこで打合せ事も伴うので、5人揃って店に行く必要がある。メンバー雨宮は、練習時にはマイクと「フンドーキンの柚コショウ」を持ってきている。


★リハーサル(レンタル)スタジオの例
渋谷東急ハンズそばのスタジオNは、近くの小料理屋「秀」がとても魅力なのであるが、渋谷駅からスタジオまでの人混みにはいつもうんざりする。それでもこの店に行くためにこのスタジオを時々使っている。

渋谷宮益坂上のスタジオNは、同じビル内の中華屋と、近所の「ごちゃ家」が最近定番。東急ハンズ側に比べてスタジオが駅に多少近いし、(ハチ公側でなく)ヒカリエ側は人の数も少なめなのがとても良い。先日(2013年10月23日)の練習後の2軒目ではスナックを新規開拓。しばらく通う事でしょう。

以前は、渋谷の三浦ピアノ、斉藤ピアノというピアノ練習とかクラシック系練習のスタジオも使ったが、場の雰囲気としてイマイチ。いわゆるロック系練習場でないから「スタジオ」ってムードは希薄。宮崎料理「魚山亭」が至近で良かった。

「野口の会社(原宿)のセミナー室」で練習してた事もあった。社員からは「野口社長はMATRIXの練習のためにこのセミナー室を作ったに違いない」と今でも噂になっている。半分正しいんだけどね。しかしいつしか「若い人たちのバンドの熱気感」に触れているほうがこちらもテンションを保てるという理由で、一般のリハーサルスタジオでの練習が標準になった。
飲み会は、その向かいの「りん」。ここは野口の会社の社食化している他、個人でも時々行ってます。

渋谷桜丘のスタジオPは結構長い期間利用してました。他と比べると多少スタジオ代が安い(部屋も狭め)ので学生バンド利用者も多く、活気があって良かった。
でもなぜここを使わなくなったかと言うと、練習後よく行ってた、婆さん一人で仕切ってたスナック「オルゴール」が閉店してしまった事が大きい。
更に昨年は「AGAIN」という、洋楽カラオケ曲の膨大なストックで有名なマニアックなスナックが閉店してしまった。
(ちなみにカラオケに行くのはメシの後、2軒目。カラオケボックスは行かず、歌うとすればスナックを選びます。新宿2丁目のオカマスナックも結構行ったなぁ。いさりんが癌で亡くなってから行ってないな。)

また、5時間以上時間を掛けて練習したいとか言う場合、公民館みたいな安価な場所でやる場合もあります。


昨今、渋谷周辺で「スナック」が減少している。「古いビルの建替えで、店主も高齢となったのでそれに併せて閉店」という事なんだろうけどね。